カテゴリ:番外編( 5 )

こがね稲荷大明神

a0205209_17302945.jpg 名古屋市は北区の山田天満宮の摂末社である、こがね稲荷大明神です。

もともと鎌倉の銭洗い弁天の話をしたことから、名古屋にも金神社(こがね)なるお金を洗うと御利益があるパワースポットがあるということで、早速行ってきました。

こがね稲荷様を目当てに訪れたのではなく、金神社に行ったら山田天満宮の中にあって、金神社の横にお稲荷様の社があったということです。

御多分にもれずここも正一位稲荷大明神なのですよ。下の画像を見ると、社の古さゆえ、いつなのかは存じませんが新しくした模様です。

新しくなってからは、お稲荷様特有の朱色のイメージが無くなっていますね。鳥居も無いし・・・

a0205209_17304479.jpg  この山田天満宮様は、あまり鬱蒼と樹木が茂ってないというか、普通の街中にあって “あっさり”、“スッキリ” って感じでした。★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


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by fusimin-inarin | 2012-06-14 17:31 | 番外編

湯島いなりん

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 湯島天満宮でございます。
恥ずかしながら息子が高校受験真っ最中でありまして、藁をも掴む気持ちで2回目の参拝です。
今回は絵馬も奉納してきました。前日に鎌倉に赴いたので鶴岡八幡さまにもお願いと思いましたが、やはり湯島さまに絞りました。
ふと境内の片隅に目をやると、お稲荷様が!

正一位笹塚稲荷神社と申します。

狐の象はないけれど、梁?の上には白狐が描かれています。

小さな稲荷神社でも提灯に書いてある通り正一位。
正一位とは神階の最高位で正六位まであります。正一位の下は従一位。
明治時代に神階は廃止されましたが現在も社名に使っているところもあります。

総本山の伏見稲荷大社が正一位のため分祀先でも階位を引き継いでいて、
全国の稲荷神社=正一位ということで稲荷神の異称のようになっているそうです。
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by fusimin-inarin | 2011-09-21 11:59 | 番外編

佐助いなりん@!おどろくロケーション

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 旅行などの際には、地元のお稲荷様を探訪するのが好きな私である。今回は湘南鎌倉の佐助稲荷神社に参らせてもらいました。

本来はJR鎌倉駅から歩いて行くのでしょうが、鎌倉大仏さま高徳院を真っ先に訪れたため、大仏さまの東側の裏道で行くことにしました。
この日は台風が近づいていたものの素晴らしい天気で、大変暑くこれからお稲荷山まで登れるかどうか心配になってました。なんせ前日から夜通し運転してきたもので寝不足山登りなんですよ。

裏道なんで観光客は全然見かけないのがよかったです。のんびりですが冷や汗かきながら歩きました。
市役所通りまでは緩やかな坂だったのですが、そこからはだんだん登りがきつくなって最後はやっぱり階段です。

周りの鬱蒼とした森が暑い日差しを遮ってくれるのが唯一の助けになりました。が、寝不足で足が思うように前に出ません。そうこうしているうちに下りになったんで本当に助かりました。

滑る足元に気を取られながらも、佐助稲荷神社の朱の鳥居が見えた時は安堵の気持ちが込み上げました。
裏口から入ったようなものなので、最初に目にしたものは小さな祠でありました。その付近も伏見さまと同じくお山自体が神様のような感じです。今、通ってきた道は夜中では絶対無理なルートでした。(でも行こうと思えば可能)

境内にはベンチなどもありしばし休憩できます。お参りを済ませた後は本来の参道を降りました。
ここは鎌倉の大変閑静な山手住宅地の上にあり、突然朱の鳥居が出現するといったロケーションです。

このあと銭洗い弁天さまに寄りまして、お金を洗って帰りました。 

噂によると商売繁盛、福徳円満を願うなら、銭洗弁財天さまもいっしょに参詣したほうがよいと言われています。
銭洗弁財天さまと佐助稲荷さまは無関係ではないらしいですよ。

由緒説明(湘南プロムナードさまより抜粋)
 佐助稲荷神社は、長い参道には鳥居が並び立ち、赤い幟旗が林立して社殿へと続く。源頼朝が伊豆に流されて病の床にあったとき、当社の神霊が翁の姿に身を変じて夢枕に立ち、挙兵をすすめて助けたという。
 幼時頼朝は佐殿と呼ばれていたが、鎌倉に入った頼朝は佐殿を助けたという意で〈佐助稲荷〉と名づけ、畠山重忠に命じて当社を再興したと伝える。
 佐助稲荷の社伝を見る。頼朝が蛭ガ小島にいたころ、ここの祭神・宇迦御魂命(うかのみたまのみこと)か翁の姿で夢枕に立ち、挙兵をすすめた。佐殿(すけどの)を助けたので佐助稲荷という。
 建久年間(1190~98)、頼朝は畠山重忠に命じて神社を再建し、山崎の地(神社の西北方、山崎天神や頼朝かくし湯跡がある)を寄進した。
 明治4年の『旧貫御境内記録』には「平地無之峠立の山、鶴岡ハ幡宮非常御旅所境内佐介ガ谷、ハ幡宮御旅所御末社佐介稲荷社」とある。非常の際、ハ幡宮の神輿はここに奉遷されたのである。
 ハ幡宮の御旅所に隠れの里の稲荷社が選らぱれたわけは明らかでない。しかし重忠に社殿再建を命じた頼朝は、すでにこの地を知っていたことになる。
 頼朝の伊豆配流時代、夢枕に立った老翁が宇迦御魂命、また、鎌倉大蔵屋敷の夢枕に立った老人も宇賀福神。話は申し合わせたように一致しており、ところも同じ隠れの里である。
 古語によると宇賀福神の「ウカ」は「奥にある処」から「洞穴」の意。また別の解釈では「最高の食物」つまり「稲」であり、佐助稲荷の祭神につながる。
 ところで隠れの里とは、いわゆる″秘境″である。隠れの里伝説は全国にある。そのほとんどは池のほとり、洞穴に関連かあり、水底や穴の奥は竜宮につながると信じられた。これらの主は美女に変化する竜神、大蛇である。
 こうした秘境は人を寄せつけない。ただし隠れの里の″しきたり″にしたがった者だけが、その里の美女と契ったり、当時は貴重であった膳椀を貨して貰ったという話が残っている。

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by fusimin-inarin | 2011-09-17 10:39 | 番外編

城中いなりん

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出張で長野県は上田市に宿泊しました。
恒例の早朝散歩で科野大宮社を見つけました。
町中の神社としては珍しい、境内に立派な欅の巨木が数本ある印象的な神社です。
拝殿の裏、本殿横に槻のご神木があり、「樹齢千五百年」と書かれていたが、多分、枯れているみたいです。
左奥に小さな祠を発見、城中稲荷社と言われ、もともと丹波亀山城にあったらしく、その後上田城三の丸に移り現在は、ここ科野大宮社にあるということです。
鳥居には正一位稲荷大明神と書かれていて、伏見稲荷の傘下ということでもあるらしいです。
見逃してしまったが、同じ境内に駒形稲荷社という、もっと小さな祠があるのだそうだ。
次回はこちらを是非探してみたいですね。

不思議なことにこのブログを書くときに、マウスを持つ手が送信に行かずに、マイブログメインに行っていまうんですよ。上記の文章は何回も消えたのでだいぶ変わってます。疲れてたのか、お稲荷様が嫌がられていたのか、お賽銭を入れなかったのが悪いのか定かではないのですが、こんなに苦労してアップしたのは初めてです。
城中稲荷様、どうかお許しください。

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by fusimin-inarin | 2011-06-08 11:56 | 番外編

豊川いなりん

a0205209_844374.jpga0205209_8435952.jpgこの着ぐるみは豊川稲荷の「いなりん」です。たまたま見つけましたというか、御縁があったのでございましょうか。
愛知県豊川市にあるから豊川稲荷と申します。
しかしここは神社ではなくお寺なんです。豐川閣妙嚴寺と申します。豊川稲荷とはあくまで通称として呼ばれているものです。朱の鳥居はあるわけないですね。
でも地図を見たら、お寺なのに数か所に鳥居があります。
霊狐塚の狐様は見事なものです。
わが京都伏見稲荷にも三ッ辻から下りし左側に伏見豊川稲荷があります。
ちゃんと狛狐も朱の鳥居も鎮座しております。
関係については勉強しないと分かりませ~ん。
http://toyokawainari.jp/inariframe1.html



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by fusimin-inarin | 2011-05-24 08:44 | 番外編


伏見稲荷大社お山日記


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